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平成二十三年三刀十一日、それは私達東北の人々にとって忘れることのできない目です。千年に一度という大震災が私達を襲いました。午後二時四十六分、そのとき高さ数十メートルにも及ぶ津波が太平洋沿岸を襲い、人々の住んでいた町を呑み込み、沢山の人々が犠牲になりました。そしてこれまで絶対安全といわれていた原子力発電所も破壊され、東北から関東までも放射能をまき散らし、食べ物や田畑、家畜は放射能で汚染され、多くの人々の住む場所を奪い、人々がふれあい生活していた町や村は無人の廃嘘と化しました。
また一関の藤の園もこの地震で建物が大きく壊れ、未だに子ども達はその建物の中で、不安な日々を過ごしています。さらに、今年は横内のりんご園も大雪で甚大な被害を受け、収穫は三分の一に減りました。子ども達の楽しみだった食後のデザートにも影響がでました。
今東口本大震災被災地の人々はすべてを失った何も無い中から必死にみんなで助け合い復興に向けて頑張っています。そして被災地以外の人々も、世界の人々も支援の手をさしのべつつあります。
災害で失われた命は元に戻りません。受けた被害も回復するまで気の遠くなるような時間と苦労が必要です。 私達は多くの悲しい犠牲者を出し、また生きることを脅かす恐ろしいこの震災から、大切なことを学びました。それは、まず災害に備えておくこと、そして万が一災害に遭ったとしても、望みを捨てず、みんなで助け合って、一生懸命生きる事の大切さです。
つまり、幸せとは、極限の逆境.の中でもお互いが支え合いながら一生懸命生きる事にこそあるのだ、という教訓でした。 そして、これは私達のこれからの生きる道しるべとなるものでしよう。
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社会福祉法人
藤聖母園
理事長 三浦裕 |
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